京都花園に行ってきました。


花園は京都の西、双ヶ岡(ならびがおか)という小さな山(丘)が並んだ場所にあります。このさらに西が嵯峨野・嵐山です。京都中心部から比較的近くで山の自然が感じられる場所です。それは平安時代でも一緒で、平安貴族等多くの人が出家した後に移り住んでいます。 

 

今回は私の好きな西行の歌の話です。

 

西行と言えば双ヶ岡(ならびがおか)のふもとの法金剛院(左の写真下)。なぜなら、西行が生涯通し恋しく思った相手「待賢門院 璋子(たいけんもんいん たまこ)」が住んでいたのが法金剛院だからです。

璋子が亡くなった後、ここに来て詠んだ歌がこの歌です。


 いにしへを 恋ふる涙の 色に似て 袂に散るは 紅葉なりけり


わたしの解釈はストレートに、

「昔の恋を思い出して懐かしんでいる自分の涙の色に、袂(たもと)に落ちる紅葉が似ている」です。


「涙が落ちる」と「葉が落ちる」とを結びつけることは誰しもあると思うのですが、西行はさらに紅葉の色と自分の涙の色とを結び付けている。何たる激しさ、「紅の涙」ですよ!

 

所で、私達片麻痺障害者やその家族が流した涙も無色透明だとは決して思えません。やはり西行の涙と近い濃い落葉の色だと私は感じます。そんなわけで、下の写真を、私のプロフィル写真にも使っています(石ガエルは私の様に飛べないカエルです)




歴史を知る魅力とは別に、歴史上の人物の詠んだ歌を知ると、その人の思いが今の自分にもダイレクトに伝わってきます。800年も前に生きた西行の気持ちが今の自分にも伝わってくる。これが和歌を読む最大の魅力だと私は思います。

 

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■□不思議な縁に驚きました!

 

つい最近、我が地区の風土記が編さんされました。そこに書かれていた記述によると、

私が今住んでいる集落は、かって法金剛院に待賢門院 璋子(たいけんもんいん たまこ)が差し出した荘園だったことが判明。何とも不思議な気分です。