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退院後元気が出ない7つの理由

退院後元気が出ない7つの理由 まとめ. [リハビリ、入院・通所] [編集]

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退院後元気が出ない7つの理由 



1.生活感覚の戸惑い

これは、入院生活と退院後の家庭生活との生活感覚のギャップに対する戸惑いです。病院での主体性のない生活にならされてしまった患者が、自宅に戻ると何をしていいのか困惑してしまうということです。


2.孤立感と孤独感

障害を負うことで仕事や地位、経済的基盤を失って大きな喪失感を味わう。

仕事や趣味の仲間が潮が引くようになくなる。こんな寂しい事はありません、寂しさは生きる力を失わせてしまいます。


3.獲得された無力感

障害を抱え以前のように動けない。何をやってもダメだと言うダメだダメだと思いが何度も重なっていくと無力感が生み出されます。


4.役割の変化と混乱

一家を養うと言う父親としての役割を喪失したり、主婦としての役割を喪失する事による混乱です。


5.目標の変更ないし喪失

病気により人生の目標を喪失したり、変更せざるを得なくなる。家族も進学を断念したりして目標変更せざるを得なくなる。そうしたなかで希望を失い、リハビリを続けるモチベーションが低下する。


6.可能性がわからない

一般的にリハビリ病院に入院した患者や家族はリハビリすれば元のようになると思ってしまいます。しかし現実的には全く違います。それで逆に可能性が分からなくなってしまうということです 。どこまで回復するのか、何ができるのかがわからないということです。


7.障害の悪化や再発の不安

障害を負ってる人は常に再発の不安・怯えを抱えて暮らしています。特に頑張って行動した後に体調の変化があると積極的な行動がとれなくなってしまうのです。他にも頭痛等の体調変化に再発の怯えを感じながら暮らしています。



■□■□■□

 
これらを、直ぐにスッキリ解決する方法は実際には難しいでしょう。仲間を作ったり、趣味等新た生きがいを作ったりして行くしかありません。時間も味方になります。ご同病の皆さん、これらを積み上げ回生を目指しましょう。病気を「悔いなき半生」のきっかけにした先輩も数多くおられます。
 

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長年連れ添った夫婦の魅力


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私はリハビリで度々入院するようになって、高齢の男たちの日常生活における無能さにびっくりしました。


 

入院中の日常生活の何でもかんでも看護師か、見舞いに来る女房に頼りきりになる。歯磨きは自分でしても、自分の湯呑や箸など一切洗おうとしない。同室の者に挨拶する等のコミュニケーションさえ取れない。ただ、ボーとテレビを見ているだけ。世話してくれる看護師等とも世間話もしない。


 


次に女房が、何時見舞いにきてくれるのか、それが何時も気にかかる。


女房が病院に来れば来たで、今度は帰るのをひどく嫌がる。





こんなつまらん男には、愛想も尽きるやろと、僭越ながら思うのですが、古女房の方は、これが甲斐甲斐しいのです。


 

九十歳のおじいちゃんを同年代のおばあちゃんが毎日見舞いに来て、甲斐甲斐しく世話をする。おばあちゃんの耳が遠く、お爺ちゃんは、すぐいらいらしてケンカしているように大声になるのですが、それでも、しばらくすると笑い合っている。


 

もう少し年齢は下がりますが、同室のもう2組は70代のご夫婦です。こちらも似たり寄ったり、入院生活で何にもしない夫と、甲斐甲斐しく世話をやく妻の組み合わせ。


 

こんな夫婦を毎日見ていると、私はだんだん感心することが多くなってきました。男は高齢になって子供のようになっているが、女性は、変わりなく母性本能を発揮する。


 

そこに長年連れ添ってきた夫婦の独特の味というか魅力が生まれている。


私も徐々に、女性の母性本能の素晴らしさを感じ、最後は、感動すら覚えるようになりました。


まともに話もできない夫に変わり、私の顔を見かけると、きちんと挨拶してくれ、世間話もするようになりましたが、夫に対する優しい気持ちが伝わってくる。


 

今の世の中、不倫不倫と花盛りで、恋愛至上主義のような感じですけど、長年連れ添ってきた夫婦の年月には何とも言えない落ち着いた味がある。人生、惚れた腫れたより大切なものがある。そんな気がしてくるのです。

 

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労働環境の変化に合わせる勇気と努力

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絶望老人(3)労働環境の変化に合わせる勇気と努力


 

今回も「絶望老人」神郷由紀著からピックアップさせていただきます。


絶望老人

絶望老人

  • 作者: 新郷 由起
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2017/02/23
  • メディア: 単行本

 

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◆ 少し前には花形ともてはやされた職業が、次々と消えていくのも必須なら、身につけた知識や技術が現代では通用しなかったり、需要が見込めず、生かす場を失って嘆く人の声も絶えない。


 

◆ かつて働き盛りだった時分に営業成績はピカイチだったと豪語する高齢男性に限って、その手腕の三種の神器が「酒、麻雀、ゴルフ」で、最後は「土げさで泣き落とし」と言い切る人も多いのだ。


コミュニケーションの形態が変化して効率やデータが最優先される現代では往年の手法が 通用に乏しいばかりか伝授さえ乞われない。


 

◆高齢者にとって現実は厳しい。 時代のスピードは加速するばかりで、後人に教えを説くより逆、に日進月歩で次々と投入される新しい機器の使い方やシステムの説明を若者層に乞う現場こそ増える一方なのだ。  新しい職を得て今まとは違う環境と、人間関係の中で様々なことを一から覚えてこなし、周囲と打ち解けて実戦力となる人材でいるためには、それまで築いたキャリアや自尊心を時に封じ、価値観すら変換する柔軟性が求められる 。


 

◆時代が求めているのは人間力


結局意識の高い人はどこへ行っても通用する。高齢者であればこそ「人間力」が問われる。


都内のスーパー店主が話す「若い学生アルバイトがやり込められるような迷惑客にも平然と接して上手に捌いてくれる。その後にいろんな人がいるから大丈夫よとさりげなく励ましたり、場に応じた気遣いができるのは年齢を重ねた人ならでは。


 


努力の末パート暦2年でレジの達人になった70歳女性もいます。 つまるところ体の故障さえなければ実年齢より人柄なんですよね。 豊富な人生訓をもつ高齢者ならではの対応力や懐の深さがいい形で現場で生かされ窮地を救う局面もあるのです。


 

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本当にそうです。仕事のみならず、引退以降の病院や介護などの施設でも結局問われるのは人間力です。


 


これまでの仕事でのキャリアを忘れ、誇りや愛着は胸の奥にしまい込み、価値観すら変える柔軟性が求められます 。会社などで偉かったことなど邪魔になるだけです。むしろ遊び人で社会的地位が低かった人の方が、他の人に好かれる可能性があります。勇気をもって価値観を変え、他の人を認める柔軟性が求められるのです。


 


退職後、道路のゴミ拾いなどの清掃を自主的に始める人がいます。「できるなあ~、達人や!」と私は、いたく感心しています。掃除は余計なものを洗い流すことを知っておられるのです。


 


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障害者に多様な仕事の機会を


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【神戸新聞2019年1月6日】


 

こんな記事が飛び込んできました。久々明るい気分になりました。


 

障害者は、その能力に応じ様々な仕事ができると思うのです。表面に現れる身体的な障害だけで、全ての面で劣っていると考えないでください。





このイオンさんのように、様々な仕事の機会を与えていただきたいのです。きっと思った以上にできることがあるはずです。このような店頭業務、接客業務もこなせる人は多くあると思います。


私の近所にイオングループの ディスカウントストア「ザ・ビッグ」があり、よく行くのですが、知的障害と思しき中年の方がカートや食品トレーの整理をやっておられます。きちんと挨拶されますし、なにより長く続いているのが素晴らしいといつも感心しています。


 

また、障害者の方のお書きになっているブログなどを読んでいますと、しっかりとした内容も多く、 この点を考えてもPC 作業や管理業務、企画など知的な仕事を十分こなせる人が多くいると思います。


 

イオンさんに続く企業がどんどん現れてほしいものです。

 

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京都花園の法金剛院へ行って、800年前の西行の思いに浸って来ましたきました。


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京都花園に行ってきました。
花園は京都の西、双ヶ岡(ならびがおか)という小さな山(丘)が並んだ場所にあります。このさらに西が嵯峨野・嵐山です。京都中心部から比較的近くで山の自然が感じられる場所です。それは平安時代でも一緒で、平安貴族等多くの人が出家した後に移り住んでいます。 
 
今回は私の好きな西行の歌の話です。
 
西行と言えば双ヶ岡(ならびがおか)のふもとの法金剛院(左の写真下)。なぜなら、西行が生涯通し恋しく思った相手「待賢門院 璋子(たいけんもんいん たまこ)」が住んでいたのが法金剛院だからです。
璋子が亡くなった後、ここに来て詠んだ歌がこの歌です。
 いにしへを 恋ふる涙の 色に似て 袂に散るは 紅葉なりけり
わたしの解釈はストレートに、
「昔の恋を思い出して懐かしんでいる自分の涙の色に、袂(たもと)に落ちる紅葉が似ている」です。
「涙が落ちる」と「葉が落ちる」とを結びつけることは誰しもあると思うのですが、西行はさらに紅葉の色と自分の涙の色とを結び付けている。何たる激しさ、「紅の涙」ですよ!
 
所で、私達片麻痺障害者やその家族が流した涙も無色透明だとは決して思えません。やはり西行の涙と近い濃い落葉の色だと私は感じます。そんなわけで、下の写真を、私のプロフィル写真にも使っています(石ガエルは私の様に飛べないカエルです)
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歴史を知る魅力とは別に、歴史上の人物の詠んだ歌を知ると、その人の思いが今の自分にもダイレクトに伝わってきます。800年も前に生きた西行の気持ちが今の自分にも伝わってくる。これが和歌を読む最大の魅力だと私は思います。
 
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■□不思議な縁に驚きました!
 
つい最近、我が地区の風土記が編さんされました。そこに書かれていた記述によると、
私が今住んでいる集落は、かって法金剛院に待賢門院 璋子(たいけんもんいん たまこ)が差し出した荘園だったことが判明。何とも不思議な気分です。

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