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(2)「進歩し発達する」という呪縛から逃れる


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 男(片麻痺障害者)のための老い方講座のその2は、「 進歩・発達の思想・主義の呪縛(じゅばく)から逃れる」です。
 
教科書「男と女の老い方講座(三好春樹著)」から、いつものように抜粋いたします。 
 
【進歩主義で、老いは捉えられない】 
時間の流れがより良いものに向かって発展、進歩している直線的なものだという感覚は私たちには馴染みのものである。
 
確かに歴史は原始、未開から古代、中世を経て近代に至る進歩の歴史であるように見える。これが歴史の目的でありその歴史の中で個人の最も大切な役割はその歴史の進歩に貢献することである。というのが左翼的インテリの常識となっていた。
 
ところが老いは進歩とは逆の方向性なのである。進歩が上向きなら、老いは下向きだ。進歩が良いことなら、老いは悪いことになる。ところが今でも進歩主義の側から、老いの意味が提出されることなんか、ないのである。
 
それどころか 老いという現実を自分たちの狭い理念の中に取り込む輩からまで出てくるのだ。人間は老いて死ぬまで発達するなんて言う輩である。
 
進歩し発達することが善だから、老いの意味を見つけようとすれば、無理やり老化を発達と言いくるめではならないのである。じゃ年を取って動けなくなり呆けていくのは一体なんだんだと言いたくなるでまいか。
 
【人間は発達と老化でワンセット】  
人類とか社会とかいうレベルで見れば進歩発達という右肩上りの時間の流れが存在するように思える。しかしそれは幻想である。人類や社会という抽象的なものはどこにも存在していなくて、存在するのは一人ひとりの人間でしかない。
 
その人間にとっての時間の流れは進歩・発達し成人となって停滞し、老化過程を経て死に至るというものである。つまり発達と老化という二つで一つのセットこそ人間にとって普遍的な時間の流れなのだ。
 
人間は一人で生まれ発達し老いて一人で死んでいく。歴史がどのように語られようと人はその時間を生きるよりほかない 。
 
 
社会に貢献してこなかった高齢者も受け入れる】 
敬老の日の行事の偉い人の挨拶の内容はほぼ決まっている。高齢者を大切にしなければならないなぜなら高齢者は長年社会のために貢献してこられたのだから、というものである。
 
私はちょっと待ってよと思う。確かに社会に貢献してきた人もいるだろう。しかし私の隣で長い挨拶の終わるのを待ちきれないで袋の中のお菓子に手を出しているNのじいさんはどうだ。夫らしいことっも父親らしいことも何一つしないでバクチにはまり、年をとって脳卒中で倒れたら当然ながら妻と娘に引導渡されて特養ホームに入所してきたのだ。
 
車椅子のOさんも何人かの職員しか知らない前科があって、ぶ厚い塀の中にいたおかげで原爆で死なずにすんだという人である。
あのNさんもOさんも長年社会のために貢献してきたとは思えないが、そういう人は大事にしなくていいということになるのではないか。
 
私たちに求められているのはどんな生き方をした人であれ老いて死んでいくということを丸ごと肯定できるような思想なのである。

男と女の老いかた講座―老いに上手につき合える人、つき合えない人

男と女の老いかた講座―老いに上手につき合える人、つき合えない人

  • 作者: 三好 春樹
  • 出版社/メーカー: ビジネス社
  • 発売日: 2001/05
  • メディア: 単行本

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かくて特養ホームに勤め、老人の現実に接することで、三好青年は、留置所に入れられるまで信奉していた左翼的な思想から解き放たれたという。いささか肩に力の入った文章です。
しかし、男は、老人になっても、長年しみついた「進歩・発達」を信奉しがちです。それは前回の「金、地位、名誉」と同様です。単純に図式化すれば、「進歩・発達」を信奉していたからこそ「金、地位、名誉」を手にしたといえなくもないのですが。成功した人ほど、「進歩も発達も」できなくなった反動も大きいのではと思います。
 
通所リハビリ施設の不機嫌そうな男性のご老人を見ると私はそう感じます。一方、成功とは縁のなかった人は、ゆったり、のほほんとしている。ですから老後は他人に受け入れらやすいのでしょう。
 
関西吉本新喜劇には、必ずこのようなキャタクター(漫才ではボケ役)の登場人物がいます。池野メダカさん、井上達夫さん、寛平チャンもこのキャラです。私は、老後はこのキャラを演じ、老人施設で、女性達と明るく過ごしたいと思います。小学生から夢中になったキャラです。多少自信があります。

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